2011年4月17日日曜日

寺田屋へ

伏見史蹟、坂本龍馬の寺田屋へ。宇治川は大阪の淀川から京都の宇治川をさかのぼる水上交通のの要路です。京の玄関先寺田屋は当時の姿のままで現存しています。宇治川派流の船着場であった伏見は江戸時代末期、大変な賑わいだったようです。三十石船の発着地のひとつで寺田屋浜という船着場を有していたとのこと。2階に6室の客室があり龍馬が襲われた部屋には刀傷が。

驚くほど多数の若い見学者が訪問しています。聞けば歴女とのこと。寺田屋内は人で溢れ展示品も多数の龍馬関連が所狭しと並んでいます。龍馬が襲われた部屋には女将のお登勢が嫌がる龍馬に薦めて町の画家に描かせた肖像画が床の間に掛っており、これが最後の姿となり図らずも円山公園の銅像のモデルになったとか。うそのような話が。

                                    龍馬は薩摩藩の紹介で寺田屋を京の定宿とし梅の間で襲われた
                       龍馬が何度も昇降したであろう立派な階段