2011年5月29日日曜日

新・東京生活の始まり

梅雨と台風の前触れの小雨の中、新幹線車中ではなぜか居眠りもせず読書も集中できず、窓外の風景を眺めていたら品川駅へ。毎月乗車した新幹線ですが、この眺めともしばしお別れかな!我が家では室内とベランダの観葉植物が、私の新・東京生活を迎えるように元気もりもりでした。あー!これが我が家の香りだぁ!

管理人さんの水遣りのおかげで観葉植物は緑豊かで活き活きと。中断していた私流ベランダガーデニングの再開です。今夏の暑さを凌ぐため、ベランダに葉緑素いっぱいの緑のカーテンを育てます。うまく行けば室温が2度下がるはず。実は東京へ戻るたびに愛情たっぷりの肥料を。お前達、元気だね!スクスク成長して・・・

                                           5月初めは蕾だったのに満開でお迎えとは、ありがとう!
              蔦のカーテンで節電対策。小さなベランダガーデニングも結構楽しい!

2011年5月28日土曜日

東京へ帰ります

史上2番目に早い梅雨の影響で3日前から京都も小雨が降ったり止んだりしています。私は本日、京都から東京宅へ戻ります。春夏秋冬を京都で、と思い立ったのは1年4ヶ月前のこと。東京から新幹線で2時間の京都生活は、予想をはるかに超えた充実した楽しい毎日でした。住まいは四条河原町の側。ベランダから鴨川の流れや東山の山々を近くに望むことができ、朝日や月が昇る様が美しい絶好のロケーションでした。

阪急・京阪駅も近く関西一円にも足を運び、参拝した神社仏閣はのべ160カ所になりました。何度もアチコチへご一緒した大阪の皆様、着物を心から愛する京都の奥様達、何度も食事をご一緒した賢くて礼儀正しい京都のHさん、東京から京都へいらした皆様、マンションを探してくださったMさん、卒業生の皆様、袖すりあったご縁の皆様、そして家族の皆様・・・皆様の存在が私の大きな支えになりました。ありがとうございました!!

                                   毎日にように通った高瀬川沿いの喫茶店のYさん。感謝です!
              Yさんは鴨にパンの耳を与える京美人。高瀬川は清流が豊かに流れて

2011年5月27日金曜日

鳥彌三へ

鴨川沿い団栗橋近くの水炊き専門店「鳥彌三」へ京都の着物を愛する奥様達と昼食へ。この店は坂本龍馬が通ったことで有名な創業240年の老舗店。私は3度目ですが奥様達は始めてとのこと。「行ってみたい」のひと言で実現。秘伝のコラーゲンたっぷりの水炊きで、しばし優雅なひと時を過ごしました。

大河で福山雅治が龍馬を演じ大好評でしたが、昨年この店には多くの雑誌やTVの取材があったそうです。食後、龍馬が利用した木屋町通側の部屋へも案内され、いざという時、見廻り組や新撰組から逃れるため隠し階段から鴨川へ逃れたとのこと。昨年の日曜は、福山龍馬を見るのが楽しかったなー

                                     鴨川の床側から見た鳥彌三。二階には宴会用の大きな部屋が
                        床の上から鴨川の流れと団栗橋を望む。

2011年5月26日木曜日

6回目の桂離宮へ

今回は、京都暮らしを始めた直後に出会い親しくなった京丹後縮緬の織元の奥様と一緒でした。風薫る五月晴れの爽やかな日、拝観者は満員御礼。私はこの桂離宮が京都で一番好きな場所で2ヶ月に一度訪問しました。宮内庁職員の説明も担当者によって個性があり、69,000㎡余の庭苑は季節によって異なる趣で迎えてくれました。

400年前八条宮が山荘として建築に着手。完成までには3代の手が。初代宮様は幼少の頃太閤秀吉の養子となったが秀頼誕生の後八条宮を摂家。浅井3姉妹の次女初の嫁ぎ先京極家から奥方を迎えました。この八条宮様が素晴らしい感性の持ち主で建物や庭苑のアチコチに来客をもてなす工夫があり、簡素な中にも格調の高い様々なデザインやアイディアが見え隠れ。拝観手続を面倒がらず、ぜひ皆様も訪問してください。

             古書院の月見台の真正面から中秋の名月が上り、中空に上がると池に映る月を愛でる
            2代目の奥方は加賀前田家から迎えた。相当な財力で中書院新書院を建設

法界寺へ

佛教大学の社会人セミナーで古美術修復の第一人者の講義を受講した時、法界寺に行くように、とお勧めがありました。なるほど、宇治平等院の阿弥陀様と同年代の阿弥陀様は、豊饒なお顔や姿で幸せ感に溢れており光背は細微な透し彫り。天蓋にはそれはそれは美しい極楽浄土が描かれています。中でも漆喰(白)を背景の天女様の舞姿は心ときめく瞬間でした。

この寺は、今をさる800年前、浄土真宗の開祖親鸞聖人誕生の地です。9歳で出家するまでこの日野で過ごされたそうです。また室町幕府8代将軍足利善政の正室として歴史に名高い日野富子も一族とのこと。西宮のTさんへ、漆喰(白)を背景に、天女が美しい衣装で優雅に華麗に舞っているのをご存知ですね。

                                       90歳で入滅された親鸞聖人が幼少の頃、接した阿弥陀様が
                  左が阿弥陀堂、右が薬師堂。日野家一族のご廟所も境内に

2011年5月22日日曜日

黄檗山万福寺へ

隠元禅師が約350年前、中国から渡来し開山したお寺です。臨済宗・曹洞宗・黄檗宗は日本三禅宗。今回の訪問目的は参拝ではなく、15席もある煎茶のお茶会です。前日の電話で、当日券入手は朝9時に三門へ、とのこと。しかしながら各茶席は、ただ今準備中。もしもーし、指定時間が早過ぎませんか・・・

中学生の時、初めて豊川稲荷で着物を着用し煎茶を立てた記憶が鮮やかに。私が覚えた作法と違うな、と、その相違にびっくり!三つの席でお茶をいただきましたが、各流派とも個性豊かで華やかでした。日本の伝統文化はこうして引き継がれて行くのですね。蒸し暑い無風の微妙な日でしたが、ありがとうございました。

                          三門をくぐると天主殿までお茶関連の出店がずらり。すきや袋・懐紙入れを入手
                大雄宝殿前で献茶の準備中。始まったら大勢の人垣で見えない

2011年5月21日土曜日

鞍馬のお山へ

大阪のとても親切なお二人のご厚意で、京都生活中に計4回鞍馬のお山へ行きました。その機会を与えてくれた優しくて親切なお二人に感謝!感謝!です。鞍馬寺が1200年余の長きに亘り大切に引き継いでいるものがあります。それは大きくて幸せな・・・

草・花・木・虫・鳥・獣や土・石・岩や水・風・雨・・・・全ての「いのち」と「こころ」を大切にしています。鞍馬のお山は大自然の宝庫。私がお山へ向かった時間が今後の大きな支えになりました。京都を愛する皆様、鞍馬のお山へ足を運び、幸せな何かを感じてください。必ず皆様も体感できますよ。

                                           鞍馬山の仁王門。この先のケーブルに乗って山内へ
                 九十九折参道をくだると樹齢800年の大きな杉の先に由岐神社

二尊院へ

小倉山の東麓の二尊院です。百人一首で名高い小倉山を背景に、この寺は釈迦如来と阿弥陀如来の二尊を本尊として祀るため、二尊院と称するそうです。きれいなお姿の仏様が対に立っていらっしゃいます。本殿は御所を模した堂々たる寝殿風。本殿受付のお坊様も声をかけてくださり、とても親切な方でした。

アフロヘアに鼻ピアスと茶髪にミニスカートの若いカップルに出会いました。お坊様にハキハキした声で質問し、丁寧に正座して祈る姿は実に微笑ましい。本殿横の古階段ですれ違い様に会い、「この上は角倉了以さん達のお墓よ」と声をかけたら、振り返って「高野山の信長の墓にも行きましたぁ」とのこと。ですます調の返事は、風のように爽やかでした。

                             昨秋のモミジの頃、夜間特別拝観に出掛けたら、目の前で閉門でガックリ
                 立派な本殿はカメラのフレームに納まらず、青モミジをどうぞ!

2011年5月19日木曜日

祇王寺へ

奥嵯峨野の祇王寺訪問も若き頃に続いて2回目。祇王寺は小倉山麓の竹と楓に囲まれたささやかな草庵です。平家物語に祇王と祇女の姉妹が登場する。祇王は清盛に仕える白拍子で妹の祇女と母とともに大切にされていたが、そこへ仏御前という白拍子が現れ、清盛は心を奪われました。

祇王(21歳)祇女(19歳)母(45歳)は余生を静かに送るべく髪をおろして祇王寺で仏門に入ったが、ほどなくして網戸をたたく者がある。出てみれば思いがけない仏御前。祇王の不幸を思うにつれ、いずれ我が身の無常を感じ、剃髪した尼姿の仏御前(17歳)が立っていた・・・仏壇には、4人の美しい木像と柱の陰で見えない清盛の木像が安置されています。

                                          苔むした庭に春の木漏れ日が。モミジの木が何かを
                       右奥が小さな草庵。大覚寺の塔頭のひとつ

化野念仏寺へ

嵯峨野の奥の念仏寺へ。ここの訪問は20代の若き時から2回目。境内の8000体の小さな石仏・石塔は古の昔、化野一体に葬られた人々の墓で何百年という歳月をえて無縁仏となり、化野の野に散乱していたが明治中期、人々の協力をえて集め安祀したそうです。

平安時代中期、念仏を唱え貧しい庶民救済につくした空也上人や末期の西行法師も、石仏・石塔が肩を寄せ合う姿を地蔵和讃に詠んでいます。1回目訪問時は念仏寺全体に今にも崩れそうな石仏・石塔が無数に並び哀れ心に揺れましたが、今回は低い塀囲いの中に整然と並べ揃えてあり、数も少なくなったような気がします。盛大な供養と整備が行われたのでしょう。

              石仏石塔の参拝もせず、塀の外から写真を撮る中年女性が・・・世も末
                        六地蔵までの坂道に美しい青竹が凛と

トロッコ列車と保津川下りへ

16日に行ってきました。新緑の青緑の季節に、と心に決めておりました。トロッコ列車は可愛い赤い電車で約20分の旅。車掌さんのガイドと唄であっという間に亀岡へ到着しました。保津川が右に左に、両側の席で均等に清流が見られる快適な時間でした。月曜なのに車内はほぼ満席でしたが中年の年配者ばかり。

保津川は2日前までに降った長雨の影響で水量が多く、まさしく急流を手漕ぎで船頭さん4人で交代しながら。私は最後尾の左端席で3回も膝から足にかけて水しぶきを浴びました。両岸には藤の花が満開で終点の渡月橋まで1時間余。「オーッ」と言わず「キャーッ」と言って!とは船頭さんの願望でしたが、誰も発せずお気の毒様でした。

                            トロッコ列車から見た保津川風景。確か遠景の山は標高900m余の愛宕山かな?
                 川の真ん中に岩が。狭い川幅は急流で船頭さんの腕の見せ所

京都の奥様宅へ

私の京都滞在も残り10日間になりました。1年4ヶ月の京都遊学ですが実に多くの新しい方達と出会いました。なんと着物をこよなく愛する京都の奥様方とも親しくなりました。正直に言って東京住まいの時の友達はキャリアウーマンがほとんど。京都の奥様達は日本的な奥様らしい日常を生活されており、家庭的な素養が欠如した私には、全くもって驚きでした。

で、由緒正しい奥様の手料理を図々しくも「食べたい!」と言ったら「どうぞ!」とのこと。着物を愛する奥様4人と一緒に出掛けたのは、12日のこと。なんと滞在時間は8時間。食べて話して飲んで(酒ではなくお茶を何種も)。それはそれは楽しい楽しい女子会でした。ありがとうございました。

                                      お抹茶と生菓子のあと、最初に懐石料理が次々と手早く美味しく
                  これは終盤の料理で5人分。余ったものは遠慮なくお土産に

2011年5月10日火曜日

写楽展(東京)へ

9日東州斎写楽展を見に行きました。連休明けのためか人数が少なく丁度良いペースで1枚1枚をじっくり拝見。写楽は江戸の役者絵を大判雲母(きら)摺りの衝撃的な作品発表以来、10ヶ月で忽然と姿を消したが、短期間に多数の作品を残しました。

140図、170枚の作品を4期に分けて展示。写楽の進化の過程が非常によく分かりました。出品のほとんどは欧米美術館やコレクターからの出品で日本所有が少ないのが残念ですが、よくぞ、今回の写楽展はここまで作品収集と展示をしてくれた、感謝!できれば、よく見えるメガネでもう一度じっくり見に行きたい心境です。

                                   初期作品は大首絵という顔のアップ。役者の表情で演目のひと時が
                   メトロポリタン美術館所蔵の三代目大谷鬼次の江戸兵衛

2011年5月9日月曜日

岡本太郎展(東京)へ

東京国立近代美術館に到着したのは迂闊にも閉館時間の15分前。あーぁ私としたが!今日は最終日。受付で15分で見終わるからと話したら、どうぞごゆっくり!とのこと。なるほど会場は見学者で溢れており時間内で見終わるのは到底無理でした。洋花と同じく太郎氏の作品は原色が華々しくバイタリティーの塊です。観客の多くは若い男女でしたが亡くなって17年、今なお若者の支持を得て太郎氏も喜んでいるでしょう。

生誕100年記念の岡本太郎展。う~ん!私は大阪万博の太陽の搭が一番好きです。万博終了9年後、大阪から東京勤務へ移動する直前に万博公園へわざわざ見に行き、初めて眼にしてかなり感動した記憶があります。

                 チラシから転写。何だこれは!表情たっぷりな顔も芸術作品
                     こどもの樹と題した作品。太郎氏は子供に優しい

万葉植物園(奈良)へ

春日大社の隣の万葉植物園に行きました。万葉集に詠まれた花達が清楚に健気に満開でした。すみれ・れんげ・あやめ・なずな・だいこん・・中でも一番目立ったのは藤の花です。時の権力者の藤原氏が姓にちなんで見事な藤の花を春日大社に植えたのだろうと、勝手な想像をしてしまいました。

現代の花屋の店頭は外来種の花ばかりで、カタカナ名のオンパレードに私はうんざりしておりました。色鮮やか過ぎて大輪で・・・が、この植物園は私が子供の頃、実家近くの馬
場や川辺で見慣れた素朴な小さな花ばかり。私は古の人達と同じ花を見ていた、と思ったら何やら嬉しくなりました。

                                直径約6cm長さ25cmの小さなあやめ。最近も社寺の庭に咲いています
                  大変珍しい麦畑が。この前、麦を見たのはいつの日か

2011年5月7日土曜日

春日大社(奈良)へ

春日大社の「砂ずりの藤」をご存知ですか?地面の砂をすりそうな長いなが~い藤の花という意味ですが、花の先端は五分咲きのためか地面まで約180㎝。禰宜さんによると5月半ばが見頃でしょう、とのこと。日本画や藤娘でお馴染みのなが~い藤が見たくて、長谷寺の帰りに近鉄奈良まで足を伸ばしましたが残念無念です!

春日大社は伊勢神宮同様、20年ごとに社殿を造り替えているそうです。参拝記念に屋根の桧皮を奉納しましたが、一の鳥居を皮切りに次回完成は2015年で60回目とのこと。素晴らしい日本の伝統文化に触れることができ感激しましたが、社殿右奥にはそれはそれは大きな多数の山藤が芳しい香りとともに満開でした。お見事です!

                                  砂ずりの藤の花は満開になると、本当に砂まで花が届くのでしょうか
                さすが藤原一族を祀る神社。お山全体に葡萄のような藤の花が満開

長谷寺(奈良)へ

行って来ました3回目、長谷寺の満開の牡丹を愛でる図らずも1人旅。1回目は22歳の時、愛知県の実家から日帰りで。実家の小さな庭で毎年ピンクの芍薬が咲きますが、長谷寺の艶やかな牡丹の多彩な花達に圧倒され心がクラクラした記憶が今も鮮明に。2回目は昨年5月5日、ご本尊の十一面観世音菩薩様にもゆっくりご挨拶。そして今年は5月6日。1回目訪問の満開の牡丹の印象があまりにも鮮やかで・・・

桜は散り際の花びらハラハラがとても綺麗ですが、牡丹は大輪のため散り際はぺシャッとしなだれて可愛そう。従って、今年は満開ちょい前に訪問したつもりですが、ちと早かったかな!牡丹に見惚れ砂利坂道でズルッと滑って膝を強打。すっかり忘れていたけどお風呂で見事な打撲痕を発見し、あッー、痛いイタタ―ッ!

            牡丹の色は150色、本数は7000本とのこと。正面奥の建物が舞台のある本堂 
                   満開の大輪のザ・牡丹!牡丹畑って、凄い迫力でしょ!
      

2011年5月3日火曜日

満足稲荷神社へ

岡崎公園近くの細見美術館へドイツ・マイセン工房の陶磁器展を見に行った帰り、東大路通りを歩いていたら満足稲荷神社を発見しました。冗談みたいな名称だと思いましたが由来は、秀吉が京都の都市改造の一環で稲荷神社を建てたところ、その周辺が大繁盛し「満足じゃ」と述べたため、いつのまにか満足稲荷神社という名称に、だそうです。

秀吉は天下統一後、京都を大改造しています。お土居といわれる高い土塀を積み上げ内側を洛中と称し、宮家・武将の屋敷や町方の住まいを移動し、その威信をかけた方広寺には大仏を建て、鴨川沿いの七条辺りに遊郭を造りました。遊郭は洛外の辺鄙な場所でしたが人々が通ううちにその道が発展したそうです。きっと秀吉は遊郭設置も「大満足じゃ」でしょね。我が郷里の生んだ秀吉ってよくよく考えると凄い人物ですね。

                                        創建時は別の場所だったそうです。垂れ桜が散って寂しげ
              樹齢400年の「もちの木」。地上3mの高さで枝が横に伸びフォークのよう

東大寺大仏開眼法要(奈良)へ

風薫る五月晴れの2日、友人(丹後縮緬の織元)のお誘いで、東大寺大仏開眼法要(1260年目)に参列しました。友人は自社の丹後縮緬(大仏開眼時に献上した丹後縮緬を当時の技法で復元)を約40年前から献上しており、私達は式典にお供した次第です。計21名が集合し、庭の美しい天平倶楽部で昼食をとり、その後東大寺へ。奈良はまだあちこちで八重桜が咲いておりました。

式典は粛々と開催。参加している私にとっては悠久の時に想いを馳せる夢のような2時間でした。開眼法要時は盛大な規模で実施され遠く朝鮮・中国・インドからも来賓があったそうです。東大寺には開眼時の献上品や式典に使用した物品が1260年の時を封じ込めるように保管されていると、古美術修復関係者から聞いたことがあります。

                                式典終了後、関係者のみ大仏様の台座の上へ。感謝感激です!!
                    真横のお姿も・・・大仏様!ありがとうございました!!