2011年5月3日火曜日

満足稲荷神社へ

岡崎公園近くの細見美術館へドイツ・マイセン工房の陶磁器展を見に行った帰り、東大路通りを歩いていたら満足稲荷神社を発見しました。冗談みたいな名称だと思いましたが由来は、秀吉が京都の都市改造の一環で稲荷神社を建てたところ、その周辺が大繁盛し「満足じゃ」と述べたため、いつのまにか満足稲荷神社という名称に、だそうです。

秀吉は天下統一後、京都を大改造しています。お土居といわれる高い土塀を積み上げ内側を洛中と称し、宮家・武将の屋敷や町方の住まいを移動し、その威信をかけた方広寺には大仏を建て、鴨川沿いの七条辺りに遊郭を造りました。遊郭は洛外の辺鄙な場所でしたが人々が通ううちにその道が発展したそうです。きっと秀吉は遊郭設置も「大満足じゃ」でしょね。我が郷里の生んだ秀吉ってよくよく考えると凄い人物ですね。

                                        創建時は別の場所だったそうです。垂れ桜が散って寂しげ
              樹齢400年の「もちの木」。地上3mの高さで枝が横に伸びフォークのよう