2011年1月31日月曜日

源氏物語の色

冬の京都は寒い。従って、私は引きこもりがちですがこの際、せっせと大学で講義を聴講しております。本日のテーマは「源氏物語の色」講師は染織家の吉岡幸雄氏。講義名に源氏の名がつくと多勢の女性受講者が、とのこと。いつも私が受講する講義(歴史関係)は男性陣が圧倒的に多いが、今回は確かに女性ばかり。とてもわかりやすく時々ユーモアも交え楽しい講義で、実際に植物から染織した反物や染材を多数持参くださり、千年前の内裏の色彩に触れることができました。

私は講義受講後、講演者の著作本を読むように心がけています。本日は「源氏物語の色辞典」を入手。なんと全54帖に描かれた襲(かさね)の色目布を植物から再現し、光源氏が愛した女性達にまつわる華麗な衣装が掲載されています。私は前向きに世の中を生き仕事を卒業し年金生活に入りましたが、こうしたひたむきな研究者に出会うたびに我が身の不甲斐なさにやや墜ち込んでおりますが、こんな感傷は横におき、源氏物語の色はほのかな香りがただよい雅で絶妙な色合いに溢れた1冊に出会いました。

                   五月に咲く桐の花(紫)の彩りと光源氏が想いを寄せる藤壷を象徴する紫の襲の再現。
              光源氏の最愛の女性、紫の上へ贈った衣装。紫は高貴で高位な色合い。

2011年1月26日水曜日

京都御苑へ

京都住まいを始めてから、私はここへ何度足を運んだことか。京都御所内の参観はすでに3回。他に宮内庁管轄の桂離宮(3回)・修学院離宮(1回)・仙洞御所(1回)を参観しましたが、乾門をくぐった右側に宮内庁京都事務所があり、参観申込みのため度々訪問した次第です。参観は往復はがきですが最近はPC申込みが可能であり許可書も送信されるため大変便利です。

しかしながら私は数日後の空き状況を電話で確認し、この事務所を訪れ申請し許可を得る方法を選択しています。これは京都人にとって恵まれたシステム。乾門をくぐり大きな玉砂利を踏み進むと京都御所の堂々たる五線の長い塀が見えます。ここに1000年以上の歴史が連なっていると思うと感慨深いものがあります。

                                              烏丸通に面した、京都御苑で一番北側の乾門。
                   京都御所。建物はsinple is bestで意外と庭苑が少ない。

冷泉家へ

京都御所の北側にかなりな面積で冷泉家の屋敷があります。同志社大学の守衛さんは「ぜーぜー家だよ、知らない?」「え、料理屋さんですか?」「いいや、藤原定家の・・・」「あ、れいぜい家ですね」「普通はそういうけど本当はぜーぜー家っていうんだよ」「見学してきますね」「いや、入れない」とのこと。何とも珍妙な会話でした。帰宅後、PCで「ぜーぜーけ」を検索しましたが該当なし。守衛さん、ぜーぜー家って本当ですか?

屋敷の三方は同志社大学に囲まれ、今出川通りに面した長い立派な塀には何と冷泉家の門が4つもあり、地下鉄烏丸今出川駅も冷泉家の門と同じデザインです。同志社大学の建物に囲まれているのではなく、大学に敷地をたくさん貸しているそうです。
                   
                        東から2つ目の門。門の前は京都御所。

2011年1月25日火曜日

佛教大学社会人セミナーへ

烏丸四条の至便な位置に佛大社会人セミナーの会場がある。我が家から徒歩15分。私は昨年4月以来、週1~3回講座を受講している。テーマは約30種のため実に豊富。3ヶ月1クールでテーマ毎に月1~2回講義。講師は佛大・日文研の教授など専門家達。受講者は私のような白髪頭の高齢者が多いが何より良いのは皆熱心な受講者であること。ホール正面は金色の阿弥陀様が鎮座。講義開始15分前になると襖が閉じられ黒板やスクリーンが設置される。

1~3月の私の受講テーマは歴史文化を学ぶ。①日本歴史における光と影 ②幕末維新の史蹟と人物 ③歴史都市京都の失われた景観 ④中世ー冥界と顕界精神史 ⑤文化財の修復と技術の伝承 ⑥老舗に学ぶ京の衣食住 ⑦日韓併合から100年ー近現代の朝鮮と日本を知る 私は東京へ戻ってからもこの種の講座を受講しようと考えています。

2011年1月24日月曜日

若草山山焼き(奈良)へ

大阪の友人二人と若草山の山焼きを見に行きました。山焼きは私が大阪勤務時(30数年前)に出掛けたが前日の雨のせいで芝がチョロチョロしか燃えず断念。今回は想いが30倍に膨らんで「ヤマが燃えるぅぅ~」を目の当たりにしようと期待十分でした。

打ち上げ花火の合図でスタート。芝は勢いよくアチコチから一斉に燃えあがったが「赤い火の山」のイメージは見事に外れました。翌朝の新聞2誌とも見事な写真(40分間の合成)が掲載されていました。うっそー!私が見たかったのはこの風景なんだけど。友人によると世界遺産の東大寺・春日大社へ飛火防止のため、火を調整しているとのこと。なるほどねぇ納得!帰り道夜空に浮かんだ大きなほぼ満月がこの1年間を明るい方向へ導いていると確信しました。

                           冬の花火は夜空に一輪ずつ。
                     山焼きだ!新聞掲載写真は40分間の合成だって!

東寺へ

弘法大師空海が嵯峨天皇より拝受した東寺へ行ってきました。東搭は冬の特別公開中。京都駅の新幹線側から見える五重の搭です。内部は撮影禁止のため掲載できないのが残念!現在の搭は江戸時代初期に再建された日本最大の五重搭。空海建築時から何度も火事で消失したが、地震で倒壊したことがないそうで、耐震構造は東京スカイツリー建設の参考にしたことで訪問者が急増しています。

東寺は京都人にとって、四国遍路の旅に出かける前に参拝する寺とのこと。讃岐生まれ讃岐育ちの知人に確認したら「そんな話は聞いたことがない」。参拝日、私は朱印帳持参を忘れてしまったが、食堂で確認したところ「ハイ、そうです」。遍路友達を誘い、2月の特別公開中に再訪問することにしました。

                  平安京の東寺の東搭。西寺は史跡のみ。真ん中やや北に羅城門。

2011年1月22日土曜日

成道寺(愛知の菩提寺)へ

6日間、東京へ戻りました。帰りの新幹線を豊橋で途中下車し伊良子岬の真ん中辺りにある江比間で眠る両親の墓参りをしてきました。江比間は父の出身地で豊橋駅から車で約1時間。豊川の実家から1時間半も必要なため、やや不便な場所ですが、伊藤家の墓前からとても美しい風景が見られます。

今日は晴天のため、三河湾が青々と穏やかに広がり、対岸の蒲郡や形原までくっきり見えました。私達兄妹の誰がいつ行ってもお墓は掃除が行き届き瑞々しい花が活けられています。これは本家の叔母さんが、我が家の墓まで毎日のように綺麗に掃除し花を飾ってくれるためで感謝の言葉もありません。私を連れて行ってくれた妹・姪・その子供にも感謝します。

              空の青、海の青が美しい。成道寺とお墓の間には小川が流れ海に注ぐ。
               いずれ私もこの場所で海を眺める毎日に。道元が開祖の曹洞宗の末寺。

2011年1月19日水曜日

おお雪だ!

16日、東京へ戻りましたが、さぁ大変!京都は晴れていたのに米原は大雪です。のろのろ運転はこの時期、新幹線の常ですが岐阜羽島から名古屋まで雪景色が延々と。楽しみな名古屋スパイラルタワーは横殴りの雪で全く見えない。岡崎は雪が少なく豊橋は全くない。静岡辺りから富士山がくっきりと見えシバシうっとり。冬の割りに雪が少ないのは関東地区が好天続きのせい?

                                   米原周辺は真っ白け。モノトーンの風景は美しいが住民の皆様は・・・
                岐阜羽島駅のホーム。車両から流れる行き除け水と靴跡が美しい。

2011年1月14日金曜日

国立国際美術館(大阪)へ

フィレンツェのウフィツィ美術館には1700点の自画像がコレクションされているそうです。うち70点が「巨匠達の秘めた素顔1664-2010」として国立国際美術館で開催中。ルネッサンス期の巨匠レンブラント・ベルニーニ・キリコから横尾忠則まで展示されておりました。それにしてもこの美術館、空高くパイプが伸びる創造的なデザイン建築は、美術館という箱物の枠を超えておりまして、これで良いのだろうか?

大阪中之島を訪問するのは30数年ぶりのこと。その様変わりに我が目を疑いました。懐かしいフェスティバルホールは改修中で3棟のビルに変貌するとか。帰りに堂島地下街を歩きましたがホッとひと安心。この道の細さや雑多な店舗は昔のままですが時々通ったうどん屋はありませんでした。

                                            国立国際美術館。天に伸びるパイプは何を表しているのやら?
                ポスターはベルニーニ、スビネッタ、レンブラント、シャブラン。

2011年1月13日木曜日

HANA吉兆へ

本日は午後から佛教大学の講義に出掛けました。テーマは失われた京都の景観。平城京以後、火事や為政者の区画整理で、いかに京都の町が変遷したか?楽しい講義です。昨日は武家に成り立ちがテーマ。江戸時代末期はら明治の初期にかけ、インクラインに出現や市電の設置ちともに、京都の町がどのように様変わりしたか、愉快な講義でした。

その後は有名なへ吉兆へ、嵐山吉兆が第一人者ですが、本日は祇園のHANA吉兆へ沖縄の友人と出掛けました。祇園南座の東側で、我が家から数分の距離。京都に住むからには一度は・・・ルンルンと。案の定、コース料理は量が多く、私は最初から1╱2食べ、最後のデザートまで無事にたどり着きました。いえ、最後は抹茶と和菓子でしたね。これには驚き!さて何品のコースだったか、何をどの順に食べたか、もはや思い出せません。あーぁモッタイナイ。器や盛り付けが綺麗な料理のみ撮影したので、よろしく。

                                            清水焼のウサギの器。蓋を開けると、ふきのとうの胡麻和え。
                からすみ、くわい、黒豆、などなどの盛合せ。2╱3残した記憶が。

2011年1月12日水曜日

小泉淳作展へ

高島屋京都店で開催中の小泉淳作展に行きました。東大寺本坊のために描いた50枚の襖絵が全て展示され、それはそれはお見事でした。聖武天皇と光明皇后の像も出展され、襖絵は5年の歳月を費やし80歳で完成されたとか。生命力と精神力の逞しさは緻密で壮大な絵の中に表現されています。

桜の三部作は、宇陀市の又兵衛桜と吉野の桜と東大寺の桜。中でも又兵衛桜は誰もがしばし佇む美しさと荘厳さ。桜を描いたら売れるから描きたくなかった、とは氏の弁。歌も絵も日本人は桜が好きですね。蓮の連作は昨夏、法金剛院と琵琶湖畔烏丸湾内の蓮の見事な群生を見た時の心地よさを思い出しました。

                 許可を得てポスターを撮影。奈良県宇陀市の又兵衛桜がモデル。

2011年1月11日火曜日

中村楼へ

創業は戦国時代という恐ろしい歴史を背負った老舗料亭で昼食をいただきました。御主人が佛大の講義で八坂神社祇園祭(7月1~30日)の料理を全て担当・・・受講したのは昨年6月末のこと。以来、一度食事をと機会を伺っていました。この日はえべっさんで料理屋はどこも当日予約ができず、中村楼のみ飛び込みOKだったのは不思議です。

建物もかなり古いものを大事に使っている様子で、玄関から室内まで意味不明な正月飾りが所々にありました。メニューはお正月懐石のみ。その後、正月以来ようやく参拝者が落ち着いた八坂神社で御祈祷をあげていただきました。昨年3月は2人同時でしたが今回は約20人が一緒。巫女さんの舞も見られて、今年は良い年になりそうです。

                                            玄関を入った待合にて。金屏風の前に正月飾りが。
                                               「 たらよう」の木。葉裏は文字が書け葉書の由来が。

2011年1月7日金曜日

四国遍路へ

皆様ご存知の四国霊場八十八ヶ所お遍路の旅へ日帰りバスで出掛けました。大阪駅から淡路島を通り明石海峡大橋を渡り讃岐の国へ。第一番目・霊山寺~第六番目・安楽寺まで旅行社の手際良さと風景の美しさは感動的。あああ・・・という間に大阪駅へ戻ってきました。初回参加費はなんと昼食付き・蝋燭線香お茶添乗員案内者カイロ付き、お札付きで至れり尽くせり、2,980円(60歳以上は1,000円引きのため)。

般若心経を各寺で2回唱えバス中2回のため、計14回。お経は腹式呼吸をするため健康に良いとは同行の四国霊場公認先達の法話から。1200年前、弘法大師空海がありがたい道筋を示してくださったおかげで、私は仏教の教え・正しい参拝法・老い方などなど盛りだくさんに学習しました。穏やかな晴天でバスも空席があり、大阪の友人と二人、一番後ろ席を独占。2月の第2回催行(7~11番目霊場参拝)も申込みました。

     御本尊に禮拝読経し祈願すると、納経帳に1寺ずつ…見事な墨絵と御詠歌と草書と宝印に感謝!!
                六番目・安楽寺。この寺内には義経が戦勝祈願した六角堂が。

2011年1月5日水曜日

仙洞御所へ

私はこの御所を本日、初めて参観しました。京都御所は天皇の、仙洞御所は天皇を退いた上皇・院の、大宮御所は天皇の母親の、とのこと。現在は仙洞御所と大宮御所の仕切りがなくなり、仙洞御所と総称しているそうです。小堀遠州の名庭ですが、真冬の今、凛とした静寂が漂っています。
皆様、参観はネットで申込可能ですよ!即、許可書が返信されるので、超便利になりました!

平成17年まで、現在の皇室の皆様は年数回、京都訪問の折に仙洞御所を利用された、とのこと。京都御所は建物が雄大で荘厳ですが、池や植物が極めて少ない。しかし仙洞御所の庭苑は格別に広く大きく美しい。5月、南池の中央を横切る石橋上に藤の花が満開になる頃、国賓級のお客様が必ず宿泊されるので一般参観不可とのことでした。

                         大宮御所の御車寄。桧皮葺き屋根の寿命は30年だが、現在は銅板(100年)を。
      北池(大宮御所)の舟は最近まで天皇陛下が皇后陛下を乗せ、自ら櫓を漕がれたそう。

京都迎賓館へ

最近まで、京都御苑内に迎賓館があるとは知りませんでした。赤坂迎賓館は堂々たるフランス建築ですが、京都は一見して御所風。しかしながら現存する御所・仙洞御所と比べて、京都迎賓館の正門や壁は質素でシンプルそのもの。人目を避けるような静かな佇まいに、私の頭は??…

内務省管轄の京都迎賓館が完成したのは平成17年だそうです。皇室関係者や国賓級来賓者が利用し、宮内庁勤務者が対応とのこと。一般人も年1回、抽選で館内を参観できるそうですが、ハガキを何枚出しても当たらない。当たっても警備がものすごく厳重で館内はめちゃくちゃ豪華やでぇ…とは最寄りの喫茶店主から。

              迎賓館正門。御所の建礼門などに比べて極シンプル。長い壁に皇室象徴の五線がない?
          左側の壁が京都御所。右側が仙洞御所でこの向こう(北側)に迎賓館がひっそりと。

2011年1月4日火曜日

数珠

寺町の数珠屋で安価な数珠を購入しました。店主から宗派によって数珠の種類が異なると聞いてびっくり!全宗派の数珠の相違を学びました。対象者がいる時(葬式・法事)は108の球がある長いもの、短い数珠は通常の参拝用とのこと。知らなかったぁ!知ってよかったぁ!

私が家を出た時、母が長い数珠を持たせてくれました。こんなに長いのは嫌だなと思いましたが、各宗派とも長い数珠が正式だとは。知らぬが仏って、こんな時に使ったら「愚か者!」と、ご先祖様に叱られますね。ごめんなさい!知るは一時の恥、知らぬは一生の恥。

             全宗派の正式な数珠がずらり。下段中央は伊藤家(曹洞宗╱許可を得て撮影)。房が切れた・・・
                     球は41個で菩提樹の実、石はローズ貴石、房は正絹、2310円。

2011年1月3日月曜日

六波羅蜜寺へ

安井神社から平清盛関連の寺として有名な六波羅蜜寺へ。約3週間前友人を伴って3度目の訪問をしたが前日、松山ケンイチがお参りに来たそうで残念でした。2012年のNHK大河ドラマで演じるから、とか。平安時代のMAPを見ると随分大きな邸宅だったのに、現在は小さくこじんまり。寺内の清盛像と鎌倉時代に民衆の救済活動をした空也上人の像が。

西宮のGさん!本日もギリギリでしたが間に逢いましたよ!幸せなお茶を飲んでいたら閉門時間に。数名が門扉内に残っており、私が代表して重い門を開けようとしたら僧侶が「泊って行く?」とのこと。きっとあの時、お経を読み終わったお坊さんですよ!!

             狭くて撮影はこの角度のみ。 昆布・梅干入りの皇服茶を飲んでいたら時間切れ。

安井神社へ

八坂神社の正門とよく似たコンクリートの鳥居の安井神社は、悪い縁を切り良縁を結んでくださる神様として、とても有名です。いつもは静かな境内ですが、今日は若いカップルが正門から本殿までずらっと並んでいました。私は良縁には全く関心がなかったけど、皆様どうぞ、お幸せに。(??この神社の本殿は北向きに建っていた記憶が??本殿は喪失したのかな??後日確認することに)

  良縁祈願のお札が山のように貼られた不思議な物体?・・・穴をくぐると叶うとか。左下に女性の下半身が。

八坂神社へ

やはり本日も、八坂神社は大賑わいでした。人混みに紛れて初詣するのは実家の豊川稲荷で体験して以来、ずいぶん久し振りのこと。ご祈祷は、あまりにも大勢の人が列をなしていたので、後日にすることにして人々の頭越しに500円硬貨を勢いよく投げ、見事に賽銭箱の向こうへ。本来、お賽銭はそっと静かに捧げるべきなのに、神様、何とぞ本日は不作法をお許しください!

八坂神社の正門は四条通に面した赤い楼門(西側)と認識している人が多いが、実は南門が正門です。なぜならば、神社の本殿はすべからく南向きに建てられているから、自ずと正門は南側ってことに・・・

正門の内側に中村楼・二軒茶屋という老舗料亭があります。創業はなんと450年前の戦国時代。八坂神社の祇園祭の食事を全て賄っている、と伺ったのは現在のご主人から。本日は門の左側の茶屋にて、名物の豆腐田楽を美味しくいただきました。

                                         正門の鳥居。奥は南楼門。鳥居と楼門の間に中村楼が。
                       堂々たる中村楼。ここで料理を食べたい!!

2011年1月1日土曜日

あけましておめでとうございます。

皆様、2011年が始まりました。現在、朝まで生テレビを見ています。

私が、11ヶ月の京都生活で訪問した寺社はのべ150。京都・奈良・滋賀・和歌山・三重を含む近畿圏です。よくぞ!というべきか、まだまだ!と喚起すべきか、さあ今年もマドンナ歴旅をするぞ~!!

さてNHKのゆく年くる年で知恩院が一番先に放映され、「行かねば!」と重ね着をして出掛けました。知恩院は、今年800年忌を迎える法然上人の寺。山門まで雪道をつるつる歩きながら、たどり着きましたがライトアップされ、なんとまぁ美しいこと!雪道に足を取られながらですが「行って良かった」と大感激!!

八坂神社は、私の氏神様。暗い円山公園の夜道は危なくて何度転びそうになったことか。やっと東門に到着したら警察官が「ここは出口専用です」とのこと。やむなく北門に廻ったら大勢の人が並んでいる。祇園に面した西門は、なんと警察の規制縄で大多数の人が参拝順番待ち。諦めて我が家まで帰りましたが、自宅近くで買った紫芋の鯛焼きが美味しかったぁ!

                     知恩院の山門屋根は雪で神々しい!!

八坂神社西門。四条通はホコ天となり大勢の人が順番待ち。写真は1陣目。