2011年10月25日火曜日

伊良子岬~浜名湖(愛知・静岡)へ

15日、父の23回忌・母の13回忌のため、愛知県伊良子岬の中ほどの江比間の成道寺へ、伊藤家の家族が大集合しました。生憎の雨模様でしたが、山梨県や東京から兄弟甥姪とその連れ合いと子供の計21人。伊藤家は元々親戚が少ないのですが、現在は見事に大家族に増えました。その後、豊川市の実家(兄宅)へ皆で行き、仏壇にお参りしました。

お盆の行事や法事は亡くなった人を偲んで家族が集まるものですが、亡父は青年になるまで波乱に富んだ半生でしたが、家族を持ち戦後の混乱期を清く正しく生きる道を身を持って教え、時に正道を順々と説くような冷静で賢明な人柄でした。亡母は昭和の女性の典型で、こよなくわが子を愛し、いつまでも子供達の行く末を案じてくれる母でした。

                                妹や甥姪の家族と1泊した浜名湖レイクホテルから、穏やかな湖面が

2011年10月7日金曜日

尾瀬ヶ原(群馬)へ

東京から片道4時間バスに揺られて、尾瀬ヶ原の草モミジを見てきました。尾瀬は初夏から夏まで、水芭蕉やニッコウキスゲの群生地であまりにも有名です。鳩待峠(標高1591m)でバスを降り、ひたすら坂道(階段状)を3.3㎞歩いて約1時間で山ノ鼻に到着。その先は一面の尾瀬ヶ原(標高1400m)。尾瀬は自然公園法の特別保護地区に指定され、枯葉1枚も拾うことが禁じられ大切に保管されています。

山々の紅葉はまだ始まったばかりでしたが、広大な尾瀬ヶ原では見事な草モミジが見られました。もう1週間後であれば、草がもっと赤くなり鮮やかに変貌するとか。平日だったため、適度な人数で尾瀬ヶ原のアチコチを散策しました。合計4時間のトレッキングでした。生憎、霧雨が降ったり太陽の陽が射したりの天候でしたが、よし、来年は初夏に訪問しよう!と決意した次第です。

                               見頃は 6月の水芭蕉、7月下旬のニッコウキスゲ、10月上旬の草モミジ
            真っ赤や黄色の紅葉が所々に。あと1~2週間で山々は見事な錦秋に

2011年10月3日月曜日

東京スカイツリーの真下へ

世界一の高さの東京スカイツリーは墨田区。ほぼ真下の北十間川の川の中の絶好ポイントで舟を止めてスカイツリーを見上げると今まさに最終段階の工事中。見ればクレーンがへばり付き、もう少しで取り外されるため今が見納めとか。高さ634mのスカイツリーの500mまでは建造物、残り134mは工作物とは解説者の建築家の弁でした。

京都の東寺の東塔は1200年前に創建されたが度々の焼失後、徳川家光が再建したが400年余の現代まで、京都の象徴として美しい姿を保っています。その要因は心柱とのこと。江戸時代の匠の仕事がスカイツリーに採用されたそうです。地震や強風時の揺れを計算し吸収する仕組みだそうです。浅草は元より銀座や上野を訪問した際にスカイツリーがアチコチから見られて町歩きが楽しみです。

                                       急に秋風が吹き始めた東京の空の下、スカイツリーは天高くそびえ立つ
             いくつもの橋をくぐったが隅田川の前方に東京スカイツリーが

日本橋クルーズへ

中央区の日本橋の双十郎河岸から日本橋クルーズに乗船し東京の町を川から散策しました。建築家さんが解説してくださるため、江戸時代に物資を運ぶ水路が果たした役割や歴史に関わる建造物をジックリ社会勉強できました。河岸とは物資を上げ下げする場所とのこと。水位を調整する水門がアチコチにあり、見事なその仕組みを目の実体験して大感激!

日本橋川から東へ移動し墨田川に出ると右側に美しいアーチの永代橋が見え、北上し右へ曲がって小名木川を東へ行き横十間川を再び北上し北十間川から隅田川を南へ下って日本橋川に戻る1時間30分の旅。小名木川では水位の異なる運河で水門を活用して水面を昇降させる「舟のエレベーター」を初体験しました。

          
   隅田川にかかる永代橋。この橋は時代小説によく登場する。川の上から見られて胸がキュンとする
中央区北側の墨田区の両岸は歩道や緑の植物が豊かで美しい風景が広がる
           水位を調整する水門。ギロチン式の扉が降りると瞬く間に水位が上下する

日本橋へ

中央区の石造りの日本橋は創建100年。江戸時代、日本橋は東海道五十三次の京都までの出発地点です。安藤広重の浮世絵であまりにも有名。江戸時代、日本橋の南側周辺は町人の町が立ち並び大勢の賑わいがあったようです。皇居の北側から隅田川へ流れる日本橋川は水路として大きな役割を担っていたようです。

東京オリンピックが開催された1962年、首都高速が急ピッチで東京の町の上に建設された際、無残にも日本橋の真上を首都高が通ってしまったため、最近まで煤けた印象の目立たない橋でした。100年記念で橋を強烈な水圧で洗ったら創建時のような美しい橋に変わり、再び脚光が。日本橋川から舟に乗り、東京の町を船上見学するツアーに参加しました。

                          安藤広重の日本橋の浮世絵は美しいアーチを描いていますが、現代版は平らです
            首都高速の橋げたが無機質でうっとうしい。美しいアーチを描いた100年の重み